第8講 中小企業の意義と役割
日本の経済のおいては、一方で比較的少数の近代的な大企業が存在するとともに、他方において数多くの中小企業が併存していることが特徴的である。そして、この両者の間には、せい産業の面でも、また賃金その他の労働条件の面でも大きな格差が存在してきたことから、こうした経済構造は一般に二重構造といわれる。
このような構造的特徴は、資源や資本に乏しく、過剰な労働力ん存在するなかで、明治期以降急速な近代化がなされてきたことの結果であるといってよい。すなわち、この工業化の過程で基幹産業を中心に近代企業の重点的な育成が図られ、諸条件に恵まれた少数の大企業群が形成されるよよもに、他方では、低廉な農村労働力を背景とした数多くの中小企業群が形成されたのである。そして、両者が一面では互いに競合関係に立つことになり、コスト水準の引下げを促し、また別の面では相互いに協力・補完関係に立つことによって、調和は図られ、これまでの日本発展がなされてきたのである。
ところで、ひと口に中小企業といっても、その内容や形態は多岐にわたったいる。規模的にみて、上は中堅企業といわれるものから、下は家族労働を中心とする零細企業に至るまで、また大企業との関係では文字通り独立的な中小企業から、専ら特定の大企業に部品を提供する専属的な下請企業に至るまで、まさに多様である。とりわけ、日本の下請制度は建設・自動車・造船・電気機器といった組立工業を中心に幅広く存在し、しかも第1次下請(元請)、第2次下請(孫請)という形で何階層もわたっていることが特徴的である。
このように、日本の中小企業は、低コストの部品などを大企業に提供し、その製品コストの引下げに寄与した。また、軽工業・建設業・サービス業などの労働集約的な分野を中心に、豊富な雇用機会を提供し、更に、いわゆる地場産業の担い手として地方経済の振興に資するなど、日本経済の成長に果たした役割は極めて大きい。
こうした日本経済の二重構造も、近時にかけて大きな変化を遂げてきている。1960年代から70年代にかけての高度経済成長の結果、従来の労働力過剰の事態が解消され、むしろ労働力不足の状態が現出するに及んで、大企業と中小企業との賃金格差も徐々に縮小する方向にある。また、いわゆる中進国や発展途上国の追い上げもあって、中小企業も設備の近代化や独自の技術開発により生産性の向上に努めるようになった。優れた独自の技術を生かした研究開発型の中小企業(ベンチャービジネス)の活躍が目立つようになったのも、その一つの表れであるといってよい。
もちろん、以上のような変化はあらゆる分野にわたっているわけではなく、従って日本の二重構造がにわかに解消されるわけではない。それでも、今日では事態は確実に変化しつつあり、そうした中で日本の中小企業も、それぞれのメリットを生かす形で経営していくことが要請されているのである。